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ソ連軍政府への陳情

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昭和22年の夏頃、国後島泊村東沸でソ連軍政下における日本人の窮状を嘆き、この実情を陳情書にして軍政部に直訴するという騒動も起こっています。

直訴に至った要因は、次のようなものです。

1、ソ連の強制労働の賃金の支払いがなかったこと。

2、ソ連から移住してきた民間人労働者は、浮浪者風の難民が多く、日本人との共同作業でも効率が悪かったこと。

3、食糧不足に不安を持った日本人が、空地に馬鈴薯を耕作するなど自給自足に真剣だった。

4、樺太から来たソ連船の乗組員が、『最近、樺太で日本人たちの本国送還が始まった』との情報をもたらした。これを聞いた日本人は、樺太と同様に、早く日本に帰りたいと希望が湧いてきたこと。

これらの住民の不安、悩み、知りたい事を陳情書にまとめ、古釜布のソ連軍政部に訴え出たのです。

この陳情書騒動について、当時代表者の一人として運動の先頭に立っていた深山長一さん(千歳市在住)は、その悲痛な思い出を次のように語っています。

「ソ連占領下で、20年と21年の2つの冬を過ごした島民たちは、こうした状況の中で、『国後島はこのままソ連領となってしまい、祖国に帰ることが出来なくなるのでは...』と心配しはじめました。東沸の村民は、22年春頃、東沸小学校に集って相談し、日本人の窮状と一日も早い本土への帰還を訴えることにしたのです。

数日後、再び集って次の陳情書をつくり、村民の名を連記し押印しました。この陳情書には、村民のほとんど全員が署名したといわれています。

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