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ソ連軍による占領

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苦しかったソ連占領後の島民の生活①

昭和20年(1945)8月28日、ソ連軍が択捉島留別村に上陸以来、北方四島の島々はすべてソ連軍によって占領されてしまいました。

歯舞、色丹、国後の各島の居住者の中には、ソ連軍の手を逃れて漁船で根室方面に脱出するものが多く、しかし脱出時にソ連軍に発見されたり、あるいは荒波で船が遭難して命を落とした人が相当あったといわれています。

脱出者数は、終戦当時の北方四島居住者の約半数といわれ、主として北海道の根室支庁管内に近い、歯舞群島、色丹島、国後島の島民の人たちでした。

■苦しい生活からの脱出を考える島民たち
苦しい生活からの脱出を考える島民たち

しかし、択捉島の場合は島が最も遠く、しかも予期せぬソ連占拠が最初に行われたこと、脱出できるような船がなかったことなどがあって、ほとんど全島民はソ連軍占領のもとにやむを得ず残留し、以後、ソ連の指導下にあって、心身ともに不自由な生活を余儀なくされることになります。

私有財産は取り上げられ、自分の土地も畑も使用できず、家畜の馬や牛も奪われ、個人所有の船舶もすべて、戦勝国の名において国有化され、あるいはロシア人の手に渡ってしまいました。

さらには労働を強制され、今日は海へ、明日は山へと連れ回され、食料も十分に与えられることもなく、もちろん報酬さえもろくに支払われないところもあったといわれています。

残留した島民たちの間には、春になれば帰れる、秋になれば帰れるというあらぬ噂が流れ、そのたびに島民ははかない希望を抱いていました。

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