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    <title>北方四島ポータルサイト</title>
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    <title>返還運動の様々な取組み</title>
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    <published>2008-12-19T01:07:09Z</published>
    <updated>2008-12-19T01:09:15Z</updated>

    <summary> 			    千島連盟以外にも関係機関や団体が連携し、各地でさまざまな活動をし...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[
			    <p>千島連盟以外にも関係機関や団体が連携し、各地でさまざまな活動をしています。</p>
				<p><strong>●「北方領土の日」</strong></p>
				<p>日露通好条約調印の日にちなみ、全国各地で啓発活動を行っている。返還運動の現地根室市では毎年住民大会を行い、返還実現への決意を新たにしている。</p>
				<p><strong>●四島の語り部トーク</strong></p>
				<p>根室支庁が平成10年度から実施。根室管内の小中学生を対象に元島民が当時の暮らしや歴史、引き揚げた体験を語る。しかし、四島をよく知る元島民は年々減少している。このほか、社会科教諭を対象にした研究会の講師として、領土問題を取り巻く現状の理解に努めている。これは画期的なことで、何十年も領土問題を授業で取り上げることに教師の反対の声が多かった。</p>
				<p><strong>●研修会、学習会</strong></p>
				<p>後継者代表者会議、現地青年の集い（以上連盟）、日ロ関係セミナー（北方領土復帰期成同盟）、など
専門家を招いたロシア情勢の学習、領土返還に伴う諸問題や返還運動のあり方などについて意見交換。</p>
				<p><strong>●北方領土相互理解促進対話交流使節団</strong></p>
				<p>共に北方領土復帰期成同盟が実施。前者は全国の主要都市で開催。後者は運動関係者や元島民などを毎年当事国ロシアや国連本部などに派遣し早期解決をアピール。</p>
				<p>・北方領土展</p>
				<p>・イベント会場での啓発活動</p>
				<p>・そのほか

弁論大会を開催、運動を担う道内の中高生が主張・提言
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>千島連盟別海町支部　会員の声5</title>
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    <published>2008-12-19T01:05:17Z</published>
    <updated>2008-12-19T01:06:21Z</updated>

    <summary>			       無題・・・白崎　賢哉 				＊ 北方領土返還運動に携わると...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[			      
<h2>無題</h2><p>・・・白崎　賢哉</p>
				<p>＊ 北方領土返還運動に携わると様々な人（意見）に接することができる。</p>
				<p>その５０％以上の人は理解を示してくれる。</p>
				<p>理解を示してくれない人の言い分は３つに分類できる。</p>
				<p>1 北方領土が日本に返還されたら島の自然環境は破壊され、水産資源も取り尽く
してしまうから返還されない方がいい。 </p>
				<p>2 返還されても自分には利益がないから返還されなくてもよい。 </p>
				<p>3 ロシアは絶対に北方領土を返還しない。だから返還運動は無駄、諦めた方がい
い。</p>
				<p>これらについて私の意見を述べます。</p>
				<p>1について 
 ロシアは日本と比べて自然環境・水産資源に配慮しているかというとニェット（No.の意）。工場排水、生活雑排水は処理されずに海・河川に流されているし、道路の切土面、盛土面は剥き出しの為、雨が降ると泥水が河川に流入しています。人口が少ないのと、開発がそれほど進んでいないためか甚大な被害には至ってないようですが、今も何の対策もとられていません。水産資源に関する正確な情報はありませんが、資源保護・管理が行われていないため、乱獲による枯渇が危惧されています。</p>
				<p>2・3について</p>
				<p>日本は現在3つの領土問題を抱えています。1つ目はもちろん日本とロシア間の北方領土問題。2つ目は日本と韓国間の竹島（韓国名は独島）問題。3つ目は日本・中国・ベトナム間の尖閣諸島問題です。これらの領土問題の一つでも正当な理由がなく放棄してしまうと残りの領土問題も放棄しなければなりません。また、世界にはたくさんの領土問題がありますが、それを理由なく放棄した国はありません。もし放棄した場合、世界の国々から蔑まれるのはもちろん、また新たな領土を奪われかねません。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>千島連盟別海町支部　会員の声4</title>
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    <published>2008-12-19T01:02:36Z</published>
    <updated>2008-12-19T01:03:23Z</updated>

    <summary>				北方領土海区漁業を考える  				池田　実 				ロシアの大統領が交...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[				<h2>北方領土海区漁業を考える </h2>
				<p>池田　実</p>
				<p>ロシアの大統領が交替し、返還は前進せず凍結状態にあるように思える現在も花咲港や紋別港、他の道内の港にはロシアの船がカニや魚を積んで入港している。</p>
				<p>根室海峡の漁場管理には多額の金がかかっている。レーダーで網羅されており、自粛ラインを越境する日本船はもうほとんどいない。</p>
				<p>設備費のほかに年間の維持管理費が一漁業協同組合あたり数百万円となっている。</p>
				<p>日本が主張する北方領土海区においてロシアの漁業許可証を持たないロシア船が操業し、監視の目をくぐりぬけ、巧妙に作成された書類を税関に提出し、カニや魚を日本に輸出しているという話をよく耳にする。</p>
				<p>秩序なき操業は資源の枯渇を招き、北海道沿岸漁業に大きく影響するようになるだろう。</p>
				<p>ロシア船の入港で潤う町もあるが、その代償が沿岸漁業者に回ってこないことを祈るだけである。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>千島連盟別海町支部　会員の声3</title>
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    <published>2008-12-19T01:00:56Z</published>
    <updated>2008-12-19T01:02:06Z</updated>

    <summary>				北方領土 				Ｔ．Ｏ（国後・泊村二世、漁業） 				毎日のように二...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[				<h2>北方領土</h2>
				<p>Ｔ．Ｏ（国後・泊村二世、漁業）</p>
				<p>毎日のように二階の窓から見ているのに、自由に往き来できない近くて遠い島。</p>
				<p>爺さん婆さん、オヤジ、オジサンみんな島育ちで、もしかしたら自分もあの島で生まれ育っていたかもしれないと思うと、「島を返せ～！！」と思う。</p>
				<p>が、今の状況は余りにも日本のもんじゃない！ってイメージ。</p>
				<p>正直返還運動にもどう取り組んでいったらよいのかわからない自分がいます...。</p>
				<p>しかし、島にも興味がありますし、水産資源にも魅力を感じます。</p>
				<p>仲間と色々な話をしながら自分なりに活動していきたいと思います。</p>]]>
        
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    <title>千島連盟別海町支部　会員の声2</title>
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    <published>2008-12-19T00:59:10Z</published>
    <updated>2008-12-19T00:59:59Z</updated>

    <summary>				北方領土と安全操業 				Ｋ．Ａ（国後・泊村二世、地方公務員） 			...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[				<h2>北方領土と安全操業</h2>
				<p>Ｋ．Ａ（国後・泊村二世、地方公務員）</p>
				<p>私の祖父と父の兄弟が、昭和17年から終戦までの四年間、国後島古丹消の木工場で働いていました。</p>
				<p>古丹消は国後島の北側にあり、対岸には羅臼の町が見え、温泉もあり暖かく過ごしやすいところだと祖母から聞いたことがあります。</p>
				<p>父は満州で生活していたため、国後島には一度しか行ったことがなかったそうですが、それでも缶詰工場や木工場があったりとても活気があったといいます。</p>
				<p>私も一度ビザなしで訪れましたが、海産物、森林に恵まれた豊かな土地で、景観もよくとても素晴らしいところでした。</p>
				<p>今年（2006年）8月根室のカニかご漁船がロシア国境警備庁の警備艇に銃撃され、乗組員1名が死亡、3名が拘束された事件は残念です。</p>
				<p>この事件のあと、私もビザなし訪問で択捉島に向かう途中、古釜布で足止めされ、現実の厳しさを思い知らされました。</p>
				<p>最初に2島でもよいからロシアから領土を返してもらい、安全操業のできる島にしてもらいたいと思います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>千島連盟別海町支部　会員の声1</title>
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    <published>2008-12-19T00:55:26Z</published>
    <updated>2008-12-19T01:10:21Z</updated>

    <summary>				根室海峡に平和な海を 				Ｈ．Ｈ（国後・泊村二世、漁業） 				今...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[				<h2>根室海峡に平和な海を</h2>
				<p>Ｈ．Ｈ（国後・泊村二世、漁業）</p>
				<p>今年八月に根室のカニかご漁船がロシア国境警備艇に銃撃・拿捕される事件が発生し、若い漁民の尊い命が奪われました。</p>
				<p>この海域で働いている一人として、大きな衝撃を受け他人事とは思えませんでした。</p>
				<p>戦後６０年、北方領土返還に向け多くの人々が運動し、世論を高め、国を動かしてきましたが、残念ながらここまで一喜一憂の道程でありました。</p>
				<p>私は元島民二世であります。</p>
				<p>真に運動に心血を注いでこられた人々、元島民の心情はやりきれなく、さぞ悔しいことだろうと思います。</p>
				<p>私はかつて中間ライン付近で漁をしていたこともあり、警備艇やヘリコプターから照明弾を受けたこと、流氷の海で、半ば浸水状態で臨検を受けたこともありました。</p>
				<p>＊ 臨検～立ち入って検査すること</p>
				<p>その時は金なんか要らない。安全な海で働きたいと考えました。</p>
				<p>当時は正直いって国内法に触れたこともありました。</p>
				<p>漁師の心情としては少しでも豊かな漁場を求めているのです。</p>
				<p>まして、固有の領土（領海）を掲げる先祖の拓いた海へ行けない歯がゆさがありました。</p>
				<p>近年は両国の主権を棚上げし安全操業も実施されていますが、その対策の恩恵も海域により一律ではありません。</p>
				<p>今回の事件の真相はわかりませんが、根底に領土問題の未解決があることも事実であります。</p>
				<p>私は、今まで受けた北方領土に関する教育が法治国家の日本において真実であると受け止めていますが、対するロシア人にとっても自国の歴史を信じる気持ちは同じなのでしょう。</p>
				<p>現状ではこれからもなかなか先の見えない交渉となりそうですが、諺に「二兎を追うものは一兎をも得ず」という例えがあります。</p>
				<p>四島を求めるものは二島を得ずにならないようある時、あるトップ同士が英断をもって解決できないものだろうか？</p>
				<p>一日も早い平和な海を求める！</p>]]>
        
    </content>
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    <title>千島連盟別海町支部から皆さんへ</title>
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    <id>tag:4islands.jp,2008://1.109</id>

    <published>2008-12-19T00:48:19Z</published>
    <updated>2008-12-19T00:54:48Z</updated>

    <summary>				皆さんへのメッセージ 				日本人が開拓し、私たちの祖父母が住み暮して...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="千島連盟" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[				<h2>皆さんへのメッセージ</h2>
				<p>日本人が開拓し、私たちの祖父母が住み暮してきた「北方四島」は現在ロシアが実行支配しています。私たちの父母・祖父母は終戦後まもないソ連軍の進駐と不法占拠の前になすすべがありませんでした。</p>
				<p>しかし、そこは財産もあれば先祖の墓もある紛れもない日本の領土です。</p>
				<p>私たちは北方領土がロシアから平和裏にかつ早期に返還されるよう活動しています。</p>
				<p>そこで生れ育ったロシア人を追い出すつもりはありません。</p>
				<p>しかし、私たちの暮す町の目の前にひろがる海で、国境線とはいえない線をめぐってロシア軍に銃撃された日本人がいます。この悲劇はおととし現実に起きたことで、いまだ領土問題が解決しないことに端を発しています。</p>
				<p>長い年月、さまざまな理由から日本国内でも北方領土問題が歴史の時間にも取り上げられることはありませんでした。</p>
				<p>今でも決して全国的な運動の拡がりとはいえない。何十年もたって何を言っているのだという中傷もきこえてきます。ロシア側の考えでは四島は戦利品で話しあう余地は全くありませんでした。</p>
				<p>そのため長い年月ロシア(ソ連)と長く交渉のテーブルに着くことができず、私たちの先人たちは苦労の連続でした。</p>
				<p>「領土問題」これが国の問題でなくして一体どこの問題なのでしょうか。</p>
				<p>北方領土の歴史と返還運動の歴史を知っていただき、元島民や一地域の問題でないことを皆さんに是非考えていただきたいと思います。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>望郷の家、北方館（根室市）</title>
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    <id>tag:4islands.jp,2008://1.101</id>

    <published>2008-12-12T06:44:07Z</published>
    <updated>2008-12-17T02:56:30Z</updated>

    <summary>望郷の家は、昭和47年、元島民の心のよりどころとして開設された施設で、戦前の四島...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<p>望郷の家は、昭和47年、元島民の心のよりどころとして開設された施設で、戦前の四島の生活に関わる資料や四島の街並みを折り込んだ地図などが展示されています。また、北方館は、北方領土返還運動への理解を深めるため、望郷の家に併設して北方領土問題対策協会により昭和55年に建設されました。</p>

<p>本施設では、北方領土問題が起こった状況や歴史的な流れを展示しています。日露通好条約など、条約の文書や昔のロシア人の様子を記した古文書なども展示されています。</p>

<p>[詳細]　<a href="http://www.hoppou-d.or.jp/">http://www.hoppou-d.or.jp/</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>北海道立北方四島交流センター「ニホロ」（根室市）</title>
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    <id>tag:4islands.jp,2008://1.100</id>

    <published>2008-12-12T06:42:01Z</published>
    <updated>2008-12-17T04:11:27Z</updated>

    <summary>北方四島交流センター「ニホロ」は、日本（ニ）とロシア（ロ）をつなぐ北海道（ホ）の...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="北方領土が見えるポイント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<p>北方四島交流センター「ニホロ」は、日本（ニ）とロシア（ロ）をつなぐ北海道（ホ）の施設です。</p>本施設には、北方四島の歴史や展示室、ロシアの文化を体験できるロシア文化ルーム、貴重な書物や地図が展示されている北方資料館等があります。</p>

<p>[詳細]　<a href="http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/section/nihoro/top.htm">http://www.city.nemuro.hokkaido.jp/section/nihoro/top.htm</a></p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>国後展望塔（羅臼町）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://4islands.jp/view-point/view-point4.php" />
    <id>tag:4islands.jp,2008://1.99</id>

    <published>2008-12-12T06:38:53Z</published>
    <updated>2008-12-17T06:54:47Z</updated>

    <summary>羅臼国後展望塔は海抜１６７mの高台にあり、眼下に国後島の雄大な姿を一望することが...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="北方領土が見えるポイント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kunashiri.jpg" src="http://4islands.jp/kunashiri.jpg" class="mt-image-left" style="margin: 0pt 20px 20px 0pt; float: left;" width="200" height="133" /></span><p>羅臼国後展望塔は海抜１６７mの高台にあり、眼下に国後島の雄大な姿を一望することができます。 館内では、北方領土に関する資料の展示や、約17分程度の北方領土に関する映像上映も行っております。 </p>

<p>[詳細]　<a href="http://www.rausu-town.jp/20060227005.html">http://www.rausu-town.jp/20060227005.html</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>北方領土館（標津町）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://4islands.jp/view-point/view-point3.php" />
    <id>tag:4islands.jp,2008://1.98</id>

    <published>2008-12-12T06:36:24Z</published>
    <updated>2008-12-17T06:52:47Z</updated>

    <summary>（社）北方領土復帰期成同盟により昭和54年標津町内に建設された、国後島を目前に望...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="ryoudokan.jpg" src="http://4islands.jp/ryoudokan.jpg" class="mt-image-left" style="margin: 0pt 20px 20px 0pt; float: left;" width="200" height="172" /></span><p>（社）北方領土復帰期成同盟により昭和54年標津町内に建設された、国後島を目前に望める海岸線に存在する施設で、北方領土の歴史や返還運動の歩み、北方領土の産業や生活などの貴重な資料が展示されています。</p>

<p>また、展望室からは国後島が一望できます。</p>
]]>
        
    </content>
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    <title>開陽台（中標津町）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://4islands.jp/view-point/view-point2.php" />
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    <published>2008-12-12T05:59:44Z</published>
    <updated>2008-12-17T06:48:33Z</updated>

    <summary> 中標津市街から約15ｋｍの開陽台は標高271ｍの台地に存在し、広大な自然、区画...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<p>
</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="kaiyoudai.jpg" src="http://4islands.jp/kaiyoudai.jpg" class="mt-image-left" style="margin: 0pt 20px 20px 0pt; float: left;" width="200" height="128" /></span><p>中標津市街から約15ｋｍの開陽台は標高271ｍの台地に存在し、広大な自然、区画された牧草地・防風林、点在する牧場風景、知床連山、空気が澄んだ好天時には国後島や野付半島、根室半島を一望することができます。
</p>

<p>
[住所]　中標津町字開陽<br />
[TEL]　0153-74-2405<br />
[TEL]　0153-73-3111　内線364（役場　経済部経済振興課観光振興係）
</p>

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    <title>北方展望塔、叫びの像（別海町）</title>
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    <published>2008-12-12T05:45:09Z</published>
    <updated>2009-02-02T00:56:11Z</updated>

    <summary> 北方展望塔は、別海町内のオホーツク海に面した海岸線に建つ展望施設です。総理府（...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <![CDATA[<p>
</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="hoppou-tenboutou.jpg" src="http://4islands.jp/hoppou-tenboutou.jpg" class="mt-image-left" style="margin: 0pt 20px 20px 0pt; float: left;" width="200" height="145" /></span><p>北方展望塔は、別海町内のオホーツク海に面した海岸線に建つ展望施設です。総理府（当時）と北海道は、昭和５３年に「北方領土を目で見る運動」を提唱し、国民の一人でも多くが北方領土問題に直面する現地に行って北方領土を目にしてもらうよう関係機関・各団体と連携してこの運動を進めることとなりました。
</p>

<p>
これを受け、北方領土対策協会により昭和57年、国庫補助により国後島の雄大な姿を目の前に見ることができる別海町尾岱沼の「白鳥台」に、北方展望塔が建設されました。
</p>

<p>
展望塔からは、野付半島やオホーツク海に浮かぶ北方領土の国後島が一望できます。また、同施設の敷地内には、「叫びの像」が建立されております。これは、山形市の実業家故鈴木傳六氏が北方領土返還要求運動のために昭和57年建立し寄贈されたもので、「島を返せ」と叫び続ける国民の総意を、老女とその孫に託した様子が力強く表現されております。
</p>

<p>
また、野付半島から国後島までの距離は16kmであり、この距離にちなみ、「四島」に見立てた四本の柱と、叫びの像の間が16mになっています。
</p>

<p>[詳細]：<a href="http://betsukai.tv/blog/ch1/index.php?ID=270">http://betsukai.tv/blog/ch1/index.php?ID=270</a></p>

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    <title>第二次世界大戦と北方領土の人々</title>
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    <published>2008-12-04T06:23:22Z</published>
    <updated>2008-12-09T11:20:50Z</updated>

    <summary>日本は昭和16年（1941）12月8日に第二次世界大戦に突入し、北方四島もまた急...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="4　北方領土の歴史をひも解く～ソ連軍による占領編" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="北方領土問題とは" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<p>日本は昭和16年（1941）12月8日に第二次世界大戦に突入し、北方四島もまた急激に軍事化していきました。
</p>
				<p>しかしその後、日本の敗戦が色濃くなり、昭和20年（1945）8月15日、日本はついに連合国軍に降伏し、戦争は終結を迎えました。
</p>
				<p>戦争が終わったと知ったとき、それまで物資的・精神的重圧に苦しんでいた北方四島の人びとは、それが戦争に負けたということであっても、再び平和が訪れたことに胸をなでおろしました。
</p>
				<p>しかし一方、北方四島の行政当局者たちは、敗戦によって北方四島はどうなるのか、住民対策をどうすべきかなど、深刻な問題に直面していました。</p>
				
				<!-- small-->
				<div id="small" align="center">
				<p>■北方領土を追われ、引き揚げて行く島民たち</p>
				<p>北方領土に住んでいた人びとは、日本が戦争に負け、<br />
				ソ連軍が侵攻してきたことから、密かに脱出したり<br />
				引き揚げ船に乗船したりなどの方法で、<br />
				島を離れることになっていきました。</p>
				
				<p><img src="http://4islands.jp/images/book_img/tuika4_1.jpg" width="390" height="250" alt="引き揚げて行く島民たち" /></p>
				
				</div>
				<!-- /small-->]]>
        
    </content>
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    <title>開拓使の設置</title>
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    <published>2008-12-04T06:21:57Z</published>
    <updated>2008-12-09T05:16:59Z</updated>

    <summary>明治時代は、北海道本土をはじめ、北方四島と千島列島の開拓も、随分と進められた時代...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="3　北方領土の歴史をひも解く～明治・大正時代編" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="北方領土問題とは" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://4islands.jp/">
        <![CDATA[<p>明治時代は、北海道本土をはじめ、北方四島と千島列島の開拓も、随分と進められた時代でした。</p>
				<p>まず明治2年、（1869）に「開拓使」という役所を置き、それまでの「蝦夷地」を「北海道」に改名。明治4年（1874）に屯田兵制度を導入することを決定し、明治8年（1875）には、本州からやってきた労働者を道内各地や北方四島に配置しました。</p>
				<p>そして、「樺太・千島交換条約」締結の翌年、明治9年（1876）、北海道開拓使長官黒田清隆が、はじめて北方四島と千島列島全島を視察し、開拓と警備の重要性を政府に進言しました。</p>
				<p>その後、明治13年（1880）には、新しい行政組織のもと、色丹島、国後島、択捉島、の3島に村役場が置かれ、郵便局や小学校も設けられました。道路や港も整備され、次第に住み良い環境が整えられていったのです。島への移住者が増えていったのもこのころからでした。</p>
				<p>一方、ウルップ島以北の千島列島に住んでいた島民は、交換条約発効後、国籍所属を決められ、それぞれの領地へ移住しました。</p>
				<p>ウルップ島、シムシル島のアリュート人はロシア領へ引き揚げ、シュムシュ島のクリル人は色丹島へ移住。こうして、ウルップ島以北の島々には、定住者がいなくなりました。その後、海獣保護区の設定をしましたが、外国の密漁船は後を絶ちませんでした。</p>
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				<div id="small" align="center">
				<p>■北方四島と千島列島の開拓が始まった</p>
				<p>明治政府が開拓使をおき、本格的な北海道開発がはじまってから、<br />
				北方四島と千島列島の開発も同時に始まっていきました。</p>
				<img src="http://4islands.jp/images/book_img/tuika3_2.jpg" width="400" height="259" alt="開拓使">
				</div>
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